市民球場再生計画

6月26日
鞆、架橋問題は日本の縮図−。

中国新聞、一面に「鞆架橋撤退を表明」「湯崎知事、トンネルに変更伝達」「市長受け入れへ」の見出し。鞆の浦架橋問題についてひとつの決着を見た

この問題は生活改善が進まぬ地元住民、鞆の浦の「景観の価値」に着目する県内外からの声、広島県、福山市、そして両自治体の首長…。それぞれの立場で様々な論議が続けられてきたが、30年という長い歳月が「堂々巡り」を招き、話は完全に硬直化していた。

その責任の一端は歴代県知事と福山市長も負わねばならない。特に1993年11月から2009年11月までの4期を務めた藤田前県知事はけっきょく何も方向性を示さないまま、表舞台を去って行った。

一方で2004年から現職にある福山市の羽田市長は鞆の出身ということで架橋問題には執念を見せていた。

そこに登場したのが湯崎知事。自らしまなみ海道を自転車で駆けり、ツイットする瀬戸内海派!?の首長は県の重点策のひとつに「瀬戸内・海の道構想」をはっきりと掲げて、例えば7月銀座にオープンする県のアンテナショップ運営母体も鞆の企業を指名するなど包括的に諸策を進めている。

加えて福山界隈で取材した話を簡潔にまとめると「架橋」なら地元住民らが潤うが町から遠い場所にトンネルを通す案だと町に恩恵がない、ということなのだろう。橋ができれば道ができ駐車場もできる、町民の居住区である港町全体の価値が上がる、という青写真。それが町から離れた2地点をトンネルで結ばれたって…、ということなのだろう。

それにしても30年といえば当時、働き盛りだった40代の方が70歳。もう自分たちの世代では故郷が輝くまでに残された時間は限定されてしまっている。その間に地域はどんどん衰退して町のそこここに空地が生まれ、人口はどんどん減少して高齢化もイッキに進んだ。

人ひとりの人生を大きく左右する、致命的とも言えるこうした自治体サービス、資本投下の遅れはもう取り返しようがない。せめて今後は特別チームを県と市と専門家で編成し、1年後、3年後、5年後と目標を区切ってやるべき諸策を進めるしかない。

広島市に目を転じても「放置」された問題は山積みされている。鞆架橋問題のこれまでとこれからから学ぶべきことはたくさんある。

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