市民球場再生計画

12月18日
サンフレッチェ広島、社長交代へ―。

サンフレッチェ広島より発表された詳細は以下の通り。

サンフレッチェ広島、本谷祐一代表取締役社長の退任、ならびに小谷野薫(こやの・かおる)代表取締役社長就任のお知らせ

本日12月18日(火)「平成24年度第5回取締役会」を開催いたしました。サンフレッチェ広島代表取締役社長 本谷祐一が平成24年12月312日付で退任し、サンフレッチェ広島常務取締役小谷野薫が、平成25年1月1日付で代表取締役社長に就任することとなりましたので、お知らせいたします。

■本谷祐一代表取締役社長コメント

本日の取締役会で、退任の承認をいただきました。株主・サポーターの皆様に支えられた5年間でした。誠にありがとうございました。退任の大きな要因は、昨年の12月に決めた減資です。公共性の高いサンフレッチェ広島にあって、株主様に大変なご迷惑をおかけしたこと、また責任を明確にしなければいけないと思い退任を決意し、久保会長に相談し承諾を得ていました。しかし、森保新監督のもとで新シーズンをスタートしていましたので、チームに動揺を与えないため、シーズン終了後に退任することといたしました。新社長の下で、サンフレッチェ広島がさらに発展して欲しいと思います。この5年間、サポーターの皆様に支えていただき心から感謝しています。サポーターの皆様と共に戦い、また戦い抜いた5年間だったと思います。サポーターミーティングも広島や関東でも行い、色々とアイデアもいただきました。サポーターの皆様と優勝の瞬間を広島ビッグアーチで迎えることができたことが最も印象深いですし、最後に感動を共有できたことを非常に嬉しく思います。本当にありがとうございました

■小谷野薫常務取締役、コメント

前任の本谷裕一社長の後を引き継ぐのは並大抵のことではなく、
非常にプレッシャーを感じております。本谷社長が就任時に24時間サンフレッチェ広島のために力を注ぐとおっしゃっていましたが、私は25時間サンフレッチェのために力を注がなければいけないと考えております。私が就任して体制を変えるということではなく、今まで積み上げてきたものを一つ一つ着実に実行し、選手・フロントが一体となって取り組んでまいります。

■小谷野薫プロフィール
【生年月日】1963年1月27日
【出身地】東京都墨田区
【略歴】
1985年 4月 野村総合研究所 経済調査部 入社

1996年 5月 野村総合研究所 企業財務調査室長

2002年 1月 日興シティグループ証券株式会社 マネージング・ディレクター

2005年 3月 クレディ・スイス証券株式会社 マネージング・ディレクター

2010年 1月 日本総合アドバイザリー事務所 代表

2010年 5月 株式会社エディオン顧問

2012年 4月 株式会社サンフレッチェ広島取締役

2012年 9月 株式会社サンフレッチェ広島 常務取締役(現在)

(解説)

今日は東出選手、前田先生の契約更改が行われました。一方、サンフレッチェ広島は取締役会を広島市内で開き、その後の会見で、12月31日付で社長交代があることをマスコミに発表しました。時間が重なっていたため、サンフレの方は取材できませんでした。
ただ、どうしてもみなさんにお伝えしておきたいことがあるので報道陣用の資料だけもらってきました。
J2に陥落し、幾多の経営危機が待ち受けるイバラの道を承知の上で2007年12月、サンフレッチェ広島の代表取締役社長に就任した本谷祐一氏のリーダーシップなくして今回のサンフレのJ1制覇はなかった、ということです。
1978年にダイイチ(現デオデオ)に入社した本谷氏は2004年には取締役店舗開発部長に。そして2005年11月にはJリーグに出向して07年春までザスパ草津の経営に携さわります。
そして2007年10月には東京エディオン取締役に。本業の方でも引っ張りだこだった訳ですが、ここ5年間はサンフレチェの先頭に立ち見事、クラブを頂点に道引くための道筋を作ってこられました。
本谷社長は当チャンネルの視聴者のおひとりでもある、と聞いています。どうやら大のカープファンでもある、ということ(らしい)です。
本谷社長の新たな活躍の舞台はまだ発表されていませんが、少し体を休めていただき、その間に一度じっくりとお話でも…と勝手に考えているしだいです。
そして野村総合研究所、日興シティグループ証券株式会社、クレディ・スイス証券株式会社、エディオン顧問、サンフレッチェ広島常務取締役という経歴の持ち主である新社長、小谷野薫氏のご活躍にも大いに期待したいところです。

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