市民球場再生計画

7月17日
折り鶴の棲み家。(続編)

広島は今日、梅雨明け。しかし今回の豪雨は県内各地に深い爪痕を残しました。

ところで昨日、元の広島市民球場に行ってきました。雨のため5日連続で延期になっていた高校野球県予選はやっと第2日目の日程を消化。第2試合で出場した母校・基町高校の応援がてら「最後の広島市民球場」をしっかり「洞察」してきました。久しぶりに聴く母校の校歌に元気をもらうこともできました。

話を本題に移します。昨年そうでしたが、この市民球場は今回もまた高校野球期間中、球場正面からの入口を使ってスタンドへ行くことは禁じられています。高校野球の応援にきた人たちはいちいち一、三塁側入り口から入らなくてはなりません。なぜか?秋葉市長の命を受けて、かつての食堂や球団事務所ほかに飾られている折り鶴の数々。その展示場所見学者のみが、球場正面の階段から2階に行けるように通行規制が敷かれているからです。

この折り鶴展示についての詳細はまた次回に譲ります。どれだけの見学者がいたのかを示す資料も手元に用意しています。

折り鶴が賑わいを生みだすとした秋葉市長。当初は「呉の大和ミュージアムに負けない動員が期待できる」としていました。同施設の1年目の動員数は170万人。その資料によると1日の折り鶴見学者は100人、多くても500人。ありえない数字ではあるのですが365日に500を乗じても約18万人。まったく話になりませんし、実際にはそんなに来場者はありません。

そして今もこの球場内に展示してある折り鶴がそのまま、この場所に居座る可能性がほぼ100パーセント。それが秋葉市長の描く青写真です。球場を解体して新設する広島商工会議所ビル。そのフロアぶち抜き、広大な空間に天井からピアノ線やら何やらで折り鶴を吊るせば、一大モニュメントの出来上がり、です。

そうでもしないと、世界平和の願いを込めて折られ、世界中からやってきた“彼ら”は行き場を失ってしまいます。本来なら、紙という材料でできたオーナメントの「使命」は限定的です。それを「永久保存」しようという秋葉市長の考えには「もともと無理がある」と市議会、あるいは多くの関係者は異口同音に反論するのですが…。

広島市役所に行けば職員の胸のネームプレートには小さな折り鶴。フラワーフェスティバル開催時の平和公園には、不気味ささえ感じる巨大折り鶴モニュメント。「いつから広島の平和の象徴が折り鶴になったなんか?平和の象徴はハトではなかったのか?」とはある市議会議員の声ですが、これには頷くしかありません。

「日刊廣嶋」7月15日号によると市内安芸区矢野の一般廃棄物管理所に大きなビニール袋に入れられた折り鶴たちが山積みにされている、とか。その量は約40から50トンという膨大なもの。市議会議員がすでに調査を終えています。

訳もなく貯め込むことはありませんから、彼らもやがて秋葉市長の命を受け、元の広島市民球場跡地に飛来“させられる”ことになるのでしょう。

古い取材マル秘メモによると、平和公園の南にある元の広島厚生年金会館に隣接する広島市の中島庁舎内にも以前から同様に折り鶴が袋詰めされ出番を待っています。しかし紙で出来た折り鶴が良好な状態で保存されているとは限りません。

さきほど“させられる”、としたのは彼らがそれを望んでるか否か、そこに疑念を抱く人々が大勢いるからで、私もそのひとりです。折り鶴の形のまま、よりその材料を再利用して別の形で平和を祈願してはどうか?そういう声をたくさん聞いてきました。

ましてや折り鶴で「賑わい」など生まれるはずもありません。カープの本拠地を貨物ヤード跡地に移し、そのあとに「150万人動員の集客施設を整備する」とした秋葉市長ですが、その施設とは“最初から”この“折り鶴の街”を指していたのです。

だからどれだけ市民や提案者がサッカー競技場や子供たちが夢を描ける賑わい施設を望んでも、話がそちらに向かうはずもありません。

そして、「疑念のてんこもり」となっている跡地活用策の民間コンペと、強引なつじつま合わせによる「広島商工会議所と広島市の折衷案」。言い換えれば、「秋葉市長と広島商工会議所、大田会頭との出来レース」(事情をよく知る関係者)。それらが、球場を解体してそのあとに折り鶴の“棲み家”と集客の保証のまったくないイベント広場を整備するという「破滅のシナリオ」に繋がっているのです。

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