市民球場再生計画

8月28日
第2回(旧)広島市民球場フォーラムについて

岡山の桃太郎です、お久しぶりです。先日9月22日に広島平和記念資料東館地下会議室で開催された、第2回(旧)広島市民球場フォーラム(以下「フォーラム」)に参加してきました。

今回のフォーラムは、「壊から活!」をスローガンに、「(旧)広島市民球場のキモチになって」考えてみようと言う、一味違ったワークショップ形式で行なわれました。

コーディネーターとして、広島の戦災復興計画・事業や被爆建物の捉え方についての講演活動を行なっている社会活動家でまちづくり研究の第一人者である広島国際大学の石丸紀興教授を迎えて、50〜60名の老若男女が熱心に(旧)広島市民球場(以下「旧市民球場」)の気持ちになりそれぞれの想いや主張を述べられました。

私以外にも広島県外から来られた方が数名おられ、旧市民球場の跡地問題について関心のある方が、広くまた沢山いることが分かりました。

フォーラムは、旧市民球場を「活かす」ために、もう一度様々な角度で市民球場を見直してみようということで、石丸教授の提案で5つのグループに分かれて話し合いが進められました。

(1) 旧市民球場の持つ「建築物としての価値、歴史的な価値」を考えるグループ。
(2) 旧市民球場の持つ「立地条件や特性」を考えなぜそこに必要かを考えるグループ。
(3) 旧市民球場を残した場合、そこで行なう「イベント・集客」は何をすべきかを考えるグループ。
(4) 広島市の提案する都市計画(案)を見直し、「我々なら旧市民球場をこう活用する」を考えるグループ。
(5) 「旧市民球場の役割は終わったので、もう休ませてあげよう。」という気持ちで考えてみるグループ。
(5)のグループはさすがに人気がなかっのですが「考え方が偏らないように」と石丸教授の配慮でグループが作られました。

こういった5つのグループに分かれたのですが、私は(1)の建築物として、歴史的な価値を考えるグループに参加させていただきました。

幸運だったのは、このグループに旧市民球場を建設する時、当時23歳で現場監督を務められた西廣さんと言われる方がおられ当時のお話が聞けたことでした。

西廣さんは、旧市民球場の建設に関わる当時の貴重な話をしてくださいました。

戦後の昭和30年ごろ、原爆の傷跡も癒えたとはいえないが、少し復興の兆しが見えてきた時期に、全ての広島市民が旧市民球場の建設を願っていた。生活が苦しくても誰も旧市民球場の建設に反対する者はおらず、当時の市長に「早よう作れ」と直談判がなされたほど盛り上がり、熱望された球場だった。

いざ工事が始まると、子ども達までが「自分たちも手伝わせてくれ」と言って、グランドの土を運んだり学校に行く前のわずかな時間をさいて建設に携わった。(本音は工事の邪魔になったんだと笑われていた。)

外野スタンドの石垣を作る際、「曲線の石垣は作った事がない」と気性の荒い職人がストを起こして工事が進まなかったこと。驚いたのは、はっきりした設計図もなく「さて、ホームベースはどっち向きにしようか」「やはりメイン通りに向いとかんと悪かろう・・・」と協議しながら工事を進めていったことなど、市民が一体となり、希望を胸に手づくりで作り上げた球場だと言うことを話されていました。

また、西廣さんに耐震構造の問題や球場管理の維持費についてお聞きすると、自信満々に「ちょっとやそっとの地震では壊れはせんよ。充分活用できる」と笑われていました。

また、滋賀県から来られた女性の方は、「学生の頃に原爆ドームを見学した。原爆によって多くの方が悲惨な死を遂げた記録を見て悲しい思いで一杯になっていた時に、ふと見上げると旧市民球場の明かりが見えた。明るく活気のある球場をみて、不思議とパッと明るい気持ちになれた。」

それから、「平和を訴えるには、戦争の悲惨な記憶だけではいけない。復興し立ち直った希望も光。つまり旧市民球場も併せて残さなければ意味がない。」と強く思ったそうです。

秋葉市長は、平和を訴えることに執着し、オリンピック誘致やアメリカのオバマ大統領を呼ぼうと躍起になっています。

あるワークショップのグループから、「原爆という悲惨な破壊兵器をアメリカがもたらした。皮肉にもベースボールという希望も同じアメリカがもたらした。どちらも忘れてはいけないものである。「原爆ドームの横に、旧市民球場がある!」それが広島市のアイデンティティではないか?」と言われていました。

今回の、フォーラムに参加して県外の我々はカープというチームを基準に旧市民球場を残して欲しいと考えていた。しかし、広島市民の旧市民球場にかける生の強い想いを聞いて、自分の認識の甘さも反省させられた。私としては、旧市民球場は全国のカープファンの聖地ですよと訴えてきました。

いろんな人の意見を聞きながら、本当にみんなの力を合わせて考えていく必要があると強く思いました。

コーディネーターの石丸教授は「12月までに、またフォーラムを開催しこのフォーラムのまとめたものを行政に訴えていきたい」と言われてました。

12月!までならまだ時間があります。この問題を皆で考えていきましょう。

平成22年8月28日
岡山の桃太郎


ご意見はコチラ
再生計画トップ
ホーム
sports.c.w