市民球場再生計画

9月25日
「軌跡の器」蘇る広島魂…

一球さん、連日の精力的な取材お疲れ様です。カープもペナントレース終盤になり突如Aクラスのチームような戦いぶり。もう少し早く目覚めて欲しかったと思う秋この頃です。

さて、9月19日に開催された広島ミニコミセンターと広島市民球場跡地利用市民研究会の主催で行なわれた、トークイベント「市民球場はこのように建設されたのだ」〜市民球場の過去と明日を語る〜に参加してきました。

石丸紀興教授(広島国際大学)の素晴らしい進行により、市民球場建設当時現場監督も西廣一明さんのお話をじっくり聞くことが出来ましたのでご報告いたします。

昭和32年ごろ市民球場を建設にあたって、人一倍の野球好きという理由で西廣さんが工事を任されることになった。2月22日に起工式を行なったが、石本設計による球場の平面図はあるが施行図というものがなく、当時カープの白石さんだったか・・・当時カープの監督と相談しながらホームベースの向きを決めた。

そうしたら、公式戦でカープの名手藤井一塁手が西日のせいで落球してしまった。「藤井に恥をかかせる球場を誰が作れえゆうた!」とファンが騒ぎ出し大問題に発展した。皆で知恵を出し合い丸太棒で急遽、西日除けを作ったことなど懐かしそうに話された。

「市民球場でカープは負けちゃあいけん」「カープが有利になるよう作らなければ許さん」と市民からのプレッシャーや期待は凄いものだったと言われていた。

建設当時は、広島市に限らず世の中が貧しく、働いてもお金になるとは限らない時代。

球場を「5ヵ月で完成させろ」と言う至上命令は出ていたが、会社も「お金のことは言うな。絶対に間に合わせろ」ということで、そのため夜間でも仕事が出来るように照明器具や、雨の日も工事が出来るようにと雨合羽を大量に用意した。しかし当時、雨合羽は高級品で職人が家に持ってかえり、すぐ無くなって困ったこと。物のない時代なので、建築資材を夜中に持ち帰る者がいたり・・・。車がない時代なので、資材を担いで行ける範囲だと、近所を自転車で探して回り資材を取り返した事など、まるでドタバタ喜劇のようなエピソードがあったことを披露してくださった。

また、一塁側の照明塔をつくる際、数メートル掘るとシルト層といわれるヘドロの層にぶつかり、ブルドザーがズボズボと3台ほど地面に埋まってしまった。

クイの無い時代だし、西廣さんの習った土木知識ではどうにもならず頭を抱えてしまった。その時、球場建設の責任者で広島市の職員の金山さん(後に市助役さん)に相談し、金山さんがいろいろ調べてくれて、砂を使って土壌を改良する「おきかえ工法」という初めて聞く工法を見つけて来てくれて、それで難を乗り切ったこと。

「昔は胆の据わった、よう仕事をした役人がようけいおった」と一緒に知恵と汗を流してくれた金山さんの働き振りに感謝をされていた。

カープ球団への「たる募金」は有名だが、市民球場の建設費は広島の企業・財界が中心となって1億6千万円を集めたそうだ。信じられない事だが、市民球場建設の一期工事については、会社は建設費をもらわないで着工したそうだ。その状況を知ってようやく広島の財界(10社くらい)が「これじゃあいけん」と必至でお金を集めてくれたと言う。

進行役の石丸教授は、「被爆建築物の研究をしているうちに、古い「建築物」自体にすごく魅力があるものがある」ことに気づいた。「市民球場は、被爆建築物ではないが、建築物としてみてもすごく魅力があると思う」と言われ、西廣さんも「いま市民球場は広告も看板もない素顔の状態。市電から球場の正面をみると、えろう若返り、ベッピンになった」と相槌を打たれていた。

このお二人の話を聞いて、市民球場は「奇跡の器」ではないかと思った。

ガサツで口は悪いが(スイマセン)、「弱きを助け、銭金は二の次、チャレンジ精神旺盛で、やると決めたら絶対にやりとおす。」そんな強烈な広島魂をもった「サムライ達」がいたからこそ出来た球場なのだ。

そして『広島市民球場』は、市民球団カープを生活の一部とする市民、政財界、行政がこれも奇跡の一丸となり築きあげた、戦後復興のシンボルとしての意味をもつ記念碑でもあるのだ。

広島市は、旧広島市民球場の解体の賛否を住民投票で問うように求めた市民グループ「旧広島市民球場の歴史と未来を守る会」の請求をあっさり却下した。

これでは、住民投票の入り口である署名活動すら行なうことが出来ない。他県で「署名活動は認めたが、実際は住民投票はしなかった」と言う例はあるが、「署名活動すらも認めない」と言うのは聞いたことがない。

古き良き時代…
と言っても50年経つか経たないが、広島魂は死んでしまったのかと悲しくなる。

広島市は、広島市民球場を作るために奮闘した金山さんのような職員がいたことを誇りに思わないのだろうか?

市民球団であるべきカープは「広島市にある球団」になり、マツダスタジアムは、立派ではあるが本当の意味での「市民球場」でなく、単なる「市営の球場」だと思う。

そんな時代だからこそ、市民、政財界、行政が一丸になった時代があったことを誇りに思い、その象徴である広島市民球場がそこにあることを広島市民は誇りに思えば良いと思うのだが・・・。

本当に「広島市民球場が、跡形もなく無くなっていいのですか?」と問いたい。

人は、「無くなって初めてその存在の大きさに気づくという」そうならないよう出来る限り広島魂を継承する人達を応援したいと思う。

(岡山の桃太郎)

★一球調査団に参加され、それ以降も手弁当で広島に通われる岡山の桃太郎さんに感謝、です…

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